あなたに、期待して下さい。INTERVIEW this is japan.を生み出しているみなさんの「自分に期待できるようになった」エピソードを日経新聞広告紙面とWEBにてご紹介いたします。

編集者 佐渡島庸平さん

「僕は、僕の人生に関わってきてほしいと思う人と仕事をしていきたい」

「本が売れない時代」と言われて久しい出版業界において、数多くのヒット作を生み出してきた敏腕編集者、佐渡島庸平さん。
出版社勤務中に『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などを担当した後、
2012年に退職し、新たな時代の作家と編集者の関係を構築すべく、作家エージェンシー「株式会社 コルク」を立ち上げました。
当時33歳。大手出版社の“エース編集者”としての地位を捨て、起業といういばらの道を選んだ佐渡島さん。
堅い信念を持っての決断でしたが、実際に退職する直前は、両親含め周囲の人から強い反対にあったことで、
「自分が進もうとしている道には落とし穴があるのでないか」と不安にかられたといいます。
そんな佐渡島さんの背中を押したのは、「あなたが楽しいと思う道を行くほうが、いい未来が待っていると思う」との奥様の言葉でした。
佐渡島さんは、この言葉により、“自分で自分に期待することができるようになった”と振り返ります。
自分に期待し、自ら動き、自ら発信し続ける日々。そんな多忙ながらも、輝かしい毎日を送る佐渡島さんに、仕事に対するスタンスについて伺いました。

神様が決めたわけではない会社のルールに縛られる必要はない

大手出版社を辞めて、起業をするにあたり、不安も期待もあったと思います。
まず、そのような決断をするに至った経緯をお聞かせください。

やはり自分が正しいと思ったことをやり続けて、結果が伴ったこと。
それが積み重なることで、徐々に自信というものが生まれ、新たな挑戦へとつながったと思います。
ただ、多くの若者がそうであるように、僕も社会人になる前は社会に出ること自体に不安を感じていました。
学生時代の僕はただの“本の虫”でしかなかったですし、なにもわかっていなかった。
そんな僕でしたが、出版社に入ってすぐに、周りの先輩社員が
「やって当たり前のこと」をやっていないことに気づきました。
普通に「やったおいた方がいい」と思うことを、誰もやってないんですよ。

と、申しますと?

例えば本を売りたかったら、編集者も書店を回ればいいのに、それは営業の人の仕事だから(やる必要がない)という風に決まっている。
でも、それは会社の中で決まっているだけであって、別に神様が決めたわけでもないじゃないですか。とてもおかしな話です。
僕はそういった社内の“慣習”を無視して、書店を回ってみました。すると、案の定、効果が出るわけです。
なぜこんなことをやらないのか、不思議で仕方がありませんでした。そこで、ちょっと調べてみると、あることがわかってきました。
これだけ世の中の状況や事情は変わっているのに、社内の“ルール”だけ昔のまま残っていることがとても多い。
そういう意味のない慣習を無視して、普通にやるべきことをやってみたところ、しっかりとヒット作が続いていったんですよ。

そういった成功体験が、編集者としての自信につながったわけですね。

ええ。ただ、その成功体験の裏でやったことって、何一つ突飛なものはなかったんですよ。
絶対、誰でも思いつくこと。業界の外の人を連れてきて「どうするといいと思う?」って聞くと、
みんながアドバイスするであろうことをやっただけなんです。
逆に言うと、業界の中にいるとそれすらできないことが多かった。
だったら、自分がやりたいようにやるため一回、飛び出してみるのもアリだなと。

大切なことは、他の誰も信じていない作家の才能を信じること

佐渡島さんは自著『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)の中で、
「編集者の仕事の重要なところは、誰も信じていない才能を、(作家)本人と一緒に信じること」と綴っています。
佐渡島さんは、誰も信じていない才能をなぜ信じることができるのでしょうか?

僕が僕を信じているからです。
一番初めに作家を信じるってことに、編集者としてすごく価値があるんですよ。
だから、僕が信じた作家だから、大丈夫だと思っているだけで。

すごくシンプルなことなんですね。

ええ。そもそも仕事というものは、社会の中にいて人と交わっていくことだと思っています。
人から評価されて、人から感謝されて、それがお金に換わるわけじゃないですか。
こういうものを作ってくれてありがとう。こういうものを見つけて、売ってくれてありがとう。
どこかで「ありがとう」っていう言葉とセットに、お金は払ってもらっているわけですよね。
だからこそ、仕事をしているってことは人の中で生きているんですよね。
そうやって人の中で生きる時に、その人と深く交わりたいと思っているか。
それとも、さらっと交わって、もめ事を嫌がるのか。
そのスタンスの違いで、仕事の仕方も結果も変わってくると思っているんです。
ちなみに僕は人の中でしっかりと生きて、濃密なコミュニケーションを取ることを初めから重視しています。
世の中には、いろんな才能があると思いますが、
僕は、僕の人生に関わってきてほしいと思う人と仕事をしていきたいですね。

僕らは新たな文明が生まれる時代に生きている

作家さんと一緒に作り上げた作品を売る上で、重要視していることは?

もちろん読者のことを考えます。
ただ読者にとっての価値基準がかなり多様化されており、「良いもの」の定義が人によって違いすぎるので、
作品を作る上でも、より多様な読者層を想定します。
あと作家にとっての良いものと読者にとって良いものは違うことも少なくないので、そこも考えます。
作家にとって「良い作品」とは、技術的に優れているもの、よりうまい漫画のことを指します。
編集者もそうですね。基本はそこを目指していかないといけない。
でも、世間がうまい漫画を求めているかというと、必ずしもそうじゃありません。
例えば『進撃の巨人』という大ヒット作がありますが、あれは漫画的な仕組み、
“漫画偏差値”みたいなことでいうと、決して高いわけじゃない。
でも、社会にぶつける物語としてはとても正しかったと思うんです。
編集者としては職人的な視点だけではなく、そうした視点も当然意識していかないといけません。

世の中の風を読むみたいなことでしょうか。

そうですね。そういう意味では、作家ってすごく面白い生き物で、最近いろんな作家と話していると、
急にみんな示し合わせたように“文明”って言葉を使うようになったんですよ。
僕がそう促したわけでもないのに、いきなり福沢諭吉を読みだしたりとか。
文化は10年とか20年のものですが、文明は下手すると1000年単位じゃないですか。
作家は我々一般人に比べて、ものすごく世の中とか時代の潮流に敏感です。
そんな彼らが一斉に文明について口にしているわけです。
僕は、この20年ぐらいが、新しい文明の生まれるタイミングなんじゃないかと本気で思っています。

後になってみれば、あの時が大きな変革期だった、というのがまさに今来ているということですね。

そうそう。だから今の起業家たちは、文明が変わるかもしれない時代の中で、
次はどんな世界がくるのかを想像しながらビジネスをやっていると思うんです。
戦後の1950年代ぐらいの時にビジネスは「日本を豊かにしよう!」と、
ものを作ったり、売ったりする上で、すごくビジョンが明快でした。
でも、今起業している人たちは、答えのない中、みんなで議論したり考えたりしてビジネスをしている。
それってすごく面白いことですよね。
人間が意識的に文明をデザインしているのって、人類史上初めてのことでしょうし。

今は意識的に文明をデザインしている時代であると。面白いですね。

Facebookとか相当、意識的に人間とは何か、人間にとってコミュニケーションとは何か、
人間にとっての幸せとは何か……ってことを、とても考えていると思うんです。
彼らのサービスって人間の本能に基づいてるものですよね。GoogleもAlibabaもそう。本能的であり、それでいて無駄を省く。
だからこそ強いんですけど、今僕がやろうとしていることって実は全く本能に根差してないんですよ。
だからおもしろいし、空いてる席だなあとは思うんですよね。
やっぱり人間と動物は何が違うのかっていうと、「無駄なことをしたい」っていう心の有無。
だとすると、無駄なことを今の時代に合った形で作ることができれば、それは絶対にビジネスになるじゃないですか。

無駄なことをしない方がスマートだと言われる今の時代に、あえてやることに価値があるわけですね。

そうなんですよ。もちろんただ無駄なことをやっても意味はなくて、人類の文化や文明になる無駄なことですよね。
例えばシェイクスピアの小説。ある意味、無駄なものではあるけど、歴史に残っています。
本当に無駄な、泡のようなことと、歴史に残る無駄なことには大きな差があるのですが、
その差を意識しながら作れているクリエーターはとても少ない。
僕はその差を作家に意識させられるような編集者でありたいと思っています。

自分の棺の中に入れられるような作品を作っていきたい

佐渡島さんはお父様のお仕事の関係で、中学時代に南アフリカで生活をされていますね。

はい。正直、すごい苦労したんですけど、貴重な経験をしたなって思っています。
起業もそうですけど、人生において苦労するとわかっていても、自分が楽しいと思う方を選ぶのは、あの時の経験があるからかもしれません。
ちょっと例が卑近すぎるかもしれないですけど、ゲームの『信長の野望』をするときに難しいモードでやった方がおもしろいじゃないですか(笑)。
逆に簡単だとつまらない。人生も同じですよね。
僕、人生を相当、無意味だと捉えてるんですよ。『信長の野望』をクリアすることも無意味であることと同様に。
自分の人生を振り返るにあたって、難しいモードでクリアしておいた方が楽しいってだけなんですよね。
死ぬ瞬間に、「俺の人生、楽勝だった」と思うよりも、「俺の人生、大変なこといっぱいあったけど、頑張ったなぁ」って思えた方が、
死に心地が良さそうじゃないですか(笑)。
だから僕は今の生き心地ではなく、死に心地が良さそうかどうかで人生の選択をしているのかもしれません。

最晩年に人生を振り返る際、佐渡島さんの場合は何をやっていったら満足できるのでしょうか?

自分の棺の中に入れたいと思う作品が、自分が関与している中で一本でも多く生まれることですね。
その作品の条件は「面白い」「楽しい」「美しい」が備わっていること。
なかなか全てを兼ね備えた作品は作れません。面白いけど、美しくないとか、美しいけど楽しくないとか。
ただ、作家・平野啓一郎さんと作り上げた小説『マチネの終わりに』は、
文章の美しさと物語の面白さと、人生観とかの提案の仕方と、全部入れられたとは思っています。
僕の編集人生の中で、初めて一番満足した作品と言えるかもしれません。
ああいう作品と一緒に、棺に入れたら、それこそ死に心地は最高でしょうね。