あなたに、期待して下さい。INTERVIEW this is japan.を生み出しているみなさんの「自分に期待できるようになった」エピソードを日経新聞広告紙面とWEBにてご紹介いたします。

「自分で限界を作ってしまったら、そこで成長は止まる」

プロフリークライマー 野中生萌さん

「越えられない壁はないと思っています」
––––迷いのない様子でそう語るのは、19歳にして世界トップレベルの実力を誇るプロフリークライマーの野中生萌さん。
1997年、東京生まれ。9歳のときにクライミングと出会い、自然と競技にのめり込むようになり、
めきめきと力をつけると2年後の2008年にJOCジュニアオリンピックカップで優勝。
2013年、15歳のときにリード種目でワールドカップ日本代表に選出、そこから世界の“頂点”を目指し日々努力を続け、
2016年シーズンの今年、IFSCクライミングワールドカップ(ボルダリング種目)の年間ランキングで世界2位にまで上り詰めています。
4年後のオリンピック東京大会では、「スポーツクライミング」として正式種目となったクライミング競技。
すでに複数のメディアから、東京五輪でのメダル獲得を期待されている日本クライミング界の“至宝”にお話を伺いました。

自分にも他人にも絶対に負けたくない

クライミングとの出会いは9歳と伺っていますが、どのようなきっかけで始められたのでしょうか?

父の趣味が登山で、トレーニングのためにクライミングジムに通っていたのですが、
そこに姉と一緒に連れて行ってもらったのがすべての始まりです。
もともとスポーツをしたり、それこそ体を動かすこと自体好きな子どもで、公園に行っては木に登ったり、ジャングルジムを駆け上がったりしてました。
なので、最初はそういう「遊び」と同じ感覚で楽しんでやっていましたね。

遊び感覚で競技にのめり込んでいったというわけですね。

そうですね。あと私の性格がめちゃくちゃ負けず嫌いだってこともあって、
(遊びと思っていても)負けたくなくてどんどんハマっていったというのはありますね。
私、三姉妹の末っ子なんですけど、長女は8歳上で次女は2歳上。
9歳の私からすれば、全然体力的にも劣ってるから、同じ壁を登ろうとしても姉みたいにはいかないんです。
それが悔しくて悔しくて。

勝てなくて当然の年齢差にも関わらず、それでは納得がいかなかったと。

ええ。クライミングにかかわらず、なにをするにしても負けたくないという性格ですから。
それは今も同じ。普段の生活でも、例えば道歩いていて「あの人より先に横断歩道を渡る」って心の中で思ったら、絶対に先に渡る(笑)。
まぁ、変な性格ですよね。ただ、こんな性格だからこそ、競技者としてはすごく上達したと思っています。

クライミング競技は、要は壁を登るスポーツで、明確に「できる」「できない」が分かれますよね。
人との競争以前に、自分との戦いという側面も強いのだと思うのですが。

それはその通りです。複雑な採点競技とはちがって、壁を登れないと誰が見ても「できていない」のが明らか。
だから登れないことは本当に悔しいし、自分が登れないのに同世代の子が登っていたりすると、また二重に悔しい思いをする。
私は子どものころから自分にも他人にも負けたくないと思っていたから、登れるまで(練習を)止めない……
小学生の頃はその繰り返しで、毎日、ジムが閉まる夜の11時まで登り続けてましたね。

ずっとずっと高い位置に行くことを諦めたことはない

この競技の面白さ、魅力についてはどう捉えられていますか?

やはり「同じ条件」で勝負するということではないでしょうか。
多くの他の競技は、対戦相手だったり、風向きだったり、あるいは競技場のコンディションに影響されることはあると思うんですが、
クライミングの場合は同じ条件で対戦する。それを相手よりもうまく越えていければ達成感が得られる。それこそがこの競技の醍醐味だと思っています。
また、うまく越えられない場合も、「できない」からこそ楽しいと思えることもある。だって簡単に登れてしまったらつまらないじゃないですか。
登れないたびに、自分の課題が明確に見えてきて、それをどうにかしてクリアしようとする。
その課題が難しければ難しいほど、それをクリアしたときの喜びは大きくなる。

すごく前向きなんですね。では競技人生の中で、スランプみたいなものを感じたことはなかったのでしょうか?

それはあります。成長期の時期は、体型が大きく変わるのでそれまでの感覚では登れなくなりました。
大会に出ても結果は伴わないし、その時はさすがに競技から距離を置きたいと思いました。
ただ、そんな時でもどういうわけか将来については根拠のない自信はありましたね。
調子が悪いのは今だけで、絶対私はまた登れるようになる、なんて本気で思ってましたから。

それは周囲から「お前はできる」と言われていたからですか? それとも自分自身に対する期待からですか?

後者ですね。全然、課題を登れていないの「私はできる」という強い気持ちだけはなくならなかったんです。
むしろ、調子が悪いながらも“目標”を変えたことはなかった。
ずっとずっと高い位置に行くことを諦めたことはありません。

なぜそこまで自分自身に期待ができるのでしょうか。自身の中では“超えられない壁”みたいなものはないと?

越えられない壁はないと思っています。というか、それを作ってしまったら、絶対にそれ以上は伸びない。
限界はあるのかというと、それはあるかもしれないけど、それを自分で認めると、結局そこまでの選手にしかならないので、
私はそういうものを自分で作りたいとは思いません。

自分自身に対する期待がないと、壁も乗り越えていけないわけですね。

そう思います。こうやって自分を信じることは勇気もいります。
競技を続けるなかでもこのまま突っ走っていいのか、人生をこれに捧げていいのかって不安が過ぎることはありますけど、
それでも自分が来た道を信じること。
自分を信じた挙句、なにかしらのいい結果を得られるか確証はありませんけど、
それでも諦めずにやっていこうというのは、それこそ自分自身に対する期待なのかもしれません。

2020年の東京五輪では、スポーツクライミングが正式種目に選ばれました。

それまでまったく意識していなかった大会なんですけど、この夏のリオ五輪はテレビで観戦していました。
いろいろな競技で日本代表選手が活躍をしているのを見ていると、すごく興奮するし、
自分も選手としてそういう瞬間を体験したいという気持ちはあります。

4年後は23歳、日本代表として活躍することを期待されていると思います。いまからプレッシャーを感じることは?

それは当然あります。
クライミングワールドカップの代表でもプレッシャーを十分に感じていますが、
それがオリンピックの代表となったら、ちょっと私の想像を越えてくるんじゃないかと思うんですよね。
ただ、その分、より多くの人から声援ももらえるだろうし、
厳しい状況に追い込まれた方が、(自分の)強気な部分もより生きてくるんじゃないかなんて思ってます。

すでにメダル獲得を期待する声もありますが。

4年に一度の大会で、その一瞬ですべてが決まる。
その一瞬で自分の全力を出しきってメダルを獲るって、選手としてそんなかっこいいことはないですよね。
4年後、そういう状況に自分がいることができるなら、もちろんメダルを狙いたいです。

19歳にして、すでにボルダリングでは世界トップクラスにまで上り詰めていますが、今後はどのような選手になっていきたいですか?

誰に聞いてもクライミング界では野中生萌が一番強いと言われる選手でありたいですね。
インドア、アウトドア限らず、クライミングすべての種目で一番の選手を目指したいです。
で、そういう目標にむかって今、アプローチしている段階だと思うんですが、
そのためにすべきことをすべてこなして、最終的に自分の目標としている自分になっていたい、そうありたいと思います。