あなたに、期待して下さい。INTERVIEW this is japan.を生み出しているみなさんの「自分に期待できるようになった」エピソードを日経新聞広告紙面とWEBにてご紹介いたします。

「若い才能が壊されている現状は、絶対に変えていかなければならない」

映画監督 河瀨直美さん

生まれ故郷である奈良に暮らし、作品をつくり続ける映画監督の河瀨直美さん。1997年公開の劇場映画デビュー作『萌の朱雀(もえのすざく)』で、カンヌ国際映画祭の「カメラド−ル(新人監督賞)」を史上最年少受賞すると、2007年には『殯(もがり)の森』で同映画祭の審査員特別大賞「グランプリ」を受賞。さらに今年のカンヌでは、日本人で初めて短編コンペティション部門およびシネフォンダシオン(学生映画)部門の審査員長を務め上げるなど、世界が注目する映画監督のひとりです。
そんな河瀬さんが今、心血を注ぐのが、自身がオーガナイザーを務める「なら国際映画祭」。2010年に産声を上げ、隔年で開催されている同映画祭は、今年で第4回目を迎えます。この映画の祭典にかける河瀬さんの思い、さらに日本映画界の未来について伺いました。

才能が壊されている日本映画界の現状をどうにかしたい

まずは、故郷奈良で映画祭を始めたきっかけからお聞かせいただけますか。

私の映画を、世界中の人たちに見ていただけるきっかけとなったのが「国際映画祭」という場です。
たとえば私が初めて「国際」と名の付く映画祭に行ったのは山形国際映画祭。
以降、カンヌのように大きな映画祭だけではなく、その土地土地の特徴を生かしてつくられる
映画祭にも足を運んでいますが、各地の小さな映画祭に行く度に、運営に携わる
ボランティアの方々の“気持ち”に触れるわけです。
彼らは本当に自分たちの街を愛していて、その映画祭を成功させようと必死で努力をされています。
そんな無垢な気持ちに触れていると、自分もいつか奈良で国際映画祭をやろうという思いに
自然となっていったんですね。奈良には本当にまだまだ知られていない「宝物」がたくさんあります。
この映画祭を通じて、より多くの方にその魅力について知ってもらえたら嬉しいですね。

そんな思いから始まった映画祭も今回で4回目の開催となります。
これだけの規模でやるとなると、いろいろと大変なこともあったのではないでしょうか?

苦労したことは数えきれないほどありますし、一晩じゃ語り尽くせません(苦笑)。
特に今年は、3月に市議会で奈良市からの映画祭に対する補助金1260万円と
シネマテーク(月1回行われている移動型の映画館)に対する補助金600万円が全額削除され、
開催が危ぶまれるという事態にも陥りました。
正直、何日間か寝込むくらい落ち込んだのですが、しばらくすると、
「地域のためにやっているのに行政が支援しないのはおかしい」といった声が大きくなり、
地元紙だけでなく全国版のメディアでも取り上げられるようになりました。
結果、映画祭の認知が広まり、前回開催時の10倍のサポーターがついて、
1000万円という金額がほぼ個人の寄付で集まったのです。
中にはわざわざ事務所まで寄付金を泣きながら届けに来てくださる方もいらっしゃいました。

それだけ「なら国際映画祭」は奈良になくてはならない存在になっているということかもしれませんね。
河瀬さん自身はこの映画祭をどのようなものだと捉えていますか。

若い監督の作品を世界にお披露目する場となればいいと思っています。
今、日本の映画界には多くの課題があります。そもそも映画には、時間や資金という意味で莫大なコストがかかるので、
(資金的に)体力のない若手はなかなか映画をつくることができません。
しかも、日本では「人気の俳優を使ってほしい」「オリジナル脚本だと売れないからダメ」といった独特の“制約”も多い。
実際、ある程度のリスクを背負ってでも、若者にオリジナルの長編映画を撮らせるようなプロデューサーはいません。
これでは日本の若い世代の監督が育つはずがないし、事実カンヌでも日本映画からそうした若手監督は出てきません。

今回の映画祭では日本人の若手監督を育てようと、俳優・別所哲也さんが代表を務める
ショートショート フィルムフェスティバル&アジアとコラボレーションし
「Road to Cannes ~カンヌへの道~」というプロジェクトもスタートしていらっしゃいますね。

はい。以前、ショートショートフィルムフェスティバルで審査員を務めた際も、100本ほどの作品を見ましたが、
他の審査員の方々と一致した意見は「日本映画のレベルが低い」ということ。これは結構深刻なことです。
なにも日本の若い人に才能がないわけではありません。才能をいかせる環境が整ってないのです。
なんというか、今、才能が壊されているように思えるんです。映画人にとって“若い時にしか作れない作品”ってあるんですよ。
それが世に出せない状況は絶対に変えていかないといけない。
だからこそ、こうした取り組みが、新人監督の発掘や作品発表の場となって欲しい。」

そういう意味では、この映画祭自体に「期待」されている方は多いのでしょうね。
河瀬さんは、その期待の大きさについてプレッシャーなどを感じたりはしませんか?

ないわけではありませんが、その期待は私一人が背負っているものではありません。
表立っては“河瀬直美の映画祭”だと思われていますが、なら国際映画祭はボランティアやスタッフなど
たくさんの人の思いや力が集まって成立しています。決して“河瀬直美の映画祭”ではないんです。
ですから、私だけではなく関係者一人ひとりが映画祭に期待しているし、
それぞれがプレッシャーなり思いを共有しているのではないでしょうか。

今、日本人にとって大切なのは自然や人と対立することなく「共生」すること

今回の映画祭期間中には、春日大社にて、河瀬さんが手掛けた
「this is japan」をコンセプトにした映像作品の奉納上映も行われました。

作品のテーマは「輪廻」です。
私は、人にしろ自然にしろ、この世にあるいろいろなものは繋がっているという感覚を持っています。
始まりや終わりがはっきりとしているわけではなく、ずっと「記憶」が続いていく。
もちろん、何百年、何千年と雨風を受けながら山々に生きている大木が持つ記憶に比べれば、人間の記憶などわずかなものですが、
それが継続性を持ってつながって行くことで、そこには「宇宙」が生まれる。
自分だけでは成立しないものを次の世代に受け継いで、その精神性を継続していくという考えはとても日本的だと思います。
この映像作品では、その巡りを表現しようと思いました。

河瀬さんのお考えになる「this is japan」は、繋がることであると。

だからこそ、日本人が本来持っている「共存」、「共生」という考え方をもっと大切にすべきだと思っています。
人間に対しても、自然に対しても日本人は「対立」じゃないんですよ。
たくさんの災害が起こる国であっても、そうしたものと共存して生きてきたのが日本人ですし、
他人にも相手を受け入れる術を学びながら、心のどこかで「最後には共存しよう」と考えるのが日本人。
一般的には、YESともNOとも言わない国民性はネガティブに捉えられがちですし、
(国際社会に出たなら)もっと自己主張すべき、と言われるものです。
特に昨今のグローバル化の波を前に、そうした声をよく聞くようになりました。
けれども日本人は、やたらと自己主張せず周囲と共存したことで、うまく生きてきた面もあるし、
そういった日本人の根っこは変えるべきではないと思います。

なるほど。それでは河瀬監督自身のお話を伺いたいのですが、今後は、どうありたいとお考えでしょうか。

う〜ん……、もっと無垢な存在になりたいです(笑)。
映画に対しても、人生に対してもそうですね。
ずっとそうありたいと生きてきて、例えば今でも畑仕事をしていたりとか、お日様が上ってくる瞬間に感謝したりとか。
でも、全然まだ足りない。だからそこに向かって、どんどん純化していきたいんですよ。

人生の目標が無垢になることって、すごいですね(笑)。
でも、河瀬さんの作品の世界観と通ずるものがあって、とても納得できます。

ありがとうございます(笑)。まぁ、真面目な話、
私も映画監督としてはそろそろ次の世代にバトンパスする時期が近づいていると思うんですよね。

まだ40代なのに次の世代に、ですか? 少し早いような気もしますが。

だって、60歳過ぎて作る映画ってどうなのかなって思ったりしませんか? 
絶対に40代ぐらいの人たちが作る作品の方がすごいですもん。
うん、映画人にとっては40代が人生のピークだと思う。20代はまだ若すぎるし、30代まだ迷ってる。
40代になってようやく自分が思うような映画ができる。
ただそれを過ぎたら、次の世代につなげる準備をしないと。少なくとも私はそう思っています。
映画祭も同じですね。今、しっかりと「土台」を作って、次の子たちに渡していきたいし、
私がいなくても回るようになってないと1000年続くものにならない。

映画祭を1000年続くものにしたいということでしょうか?

ええ、それは本気でそう思っています。
奈良には1000年続いてきたものがいっぱいあるし、「先輩たち」もいる。大仏さん(東大寺盧舎那大仏像)とかね。
うん、私は大仏さんのように何かを残したいんですよ。究極的なことを言うと、大仏さんのようになりたい(笑)。
私はなにをするにしても、1000年とか2000年とか、そういう時間の単位で考えるようにしているんです。

やっぱり、奈良という町で育ち、生きてきたことが、そういう考えの源泉になっているのでしょうか?

そう思います。1000年後の奈良に住む人たちが、歴史の本を眺めながら
「この映画祭、なんか知らんけど、河瀬直美って人が始めたみたいやで」と言われるようなものになったら、
そんな嬉しいことはありません。私自身、そんな未来に本気で期待しています。